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今くるよさん「膵がん」で死去、今いくよさん命日と1日違いの旅立ち

【写真】最後の舞台となった「伝説の1日」での今くるよさんの車いす姿 NEWS(総合)
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お笑いコンビ、今いくよ・くるよの今くるよ(本名・酒井スエ子=年齢非公表)さんが27日、膵(すい)癌のため、大阪市内の病院で亡くなった。28日、吉本興業が発表した。芸人仲間から次々に追悼のメッセージが寄せられた。

今くるよさん「膵がん」で死去、今いくよさん命日と1日違いの旅立ち

〇西川きよし 女性漫才師として「漫才ブーム」を牽引されていたことが強く印象に残っております。舞台では、クリスマスツリーを彷彿とするくらい常に華やかな衣装を身にまとい舞台に出るだけでも周りの雰囲気が明るくなり子供からお年寄りまで多くの方々に愛されていました。番組で忙しい時でも、収録終わりによく食事にご一緒しましたが、食べっぷり、飲みっぷり、払いっぷりの良い最高のお二人でした。とても楽しかったことを懐かしく思います。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

<ザ・ぼんち> 〇ぼんちおさむ 今くるよさん、逝ってしもたか。どんどん寂しくなるな。相方のいくよさんが亡くなって ひとりになっても気丈に頑張ってはりましたね。まわりの人にも気配りする人で、本当に残念です。また、相方のいくよさんとあったら「どやさ」と言いながら漫才して下さいね。漫才ブームを一緒に走りぬけた戦友です。ありがとうございました。お疲れ様でした。

〇里見まさと 1980年代の漫才ブーム、共に闘った仲間がまた1人逝かれました。お二人には、大変お世話になっており……多くの事を学ばせて頂きました。短くまとめた言葉が見つかりません。本当に短くでは感謝や思いは語り尽くせません。今はただ、ご冥福をお祈りいたします」

<宮川大助・花子> 〇宮川大助 漫才のことで、頭いっぱいになっていた僕に「あんたの相方は、お母さんでもあって、奥さんでもあるんやから、子供を学校にいかして、家事もして、そこから漫才に切り替えてる事はめっちゃくちゃ大変なこと! あんたのこの世で1番の宝物なんやで!!」と何度も教えて頂きました。ありがとうございました。

〇宮川花子 なんでも、いくよねーさん! くるよねーさん! と頼ってましたし、わたしたち夫婦にとって本当のお姉さんでした。1番お礼をお伝えしないといけない師匠です。ゆっくりおやすみください。

大阪の街の人は

今くるよさんが亡くなったことについて、大阪 梅田で街の人に話を聞きました。

大阪 吹田市の73歳の女性は「最近、姿を見かけなかったので心配していました。まだ、それほど有名になる前に梅田の地下街でばったりお会いした思い出があります。同世代ですし、くるよさんと同じように私もソフトボールをやっていたので、亡くなったのはショックです」と話していました。

大阪 淀川区の58歳の男性は「派手な衣装が印象に残っています。一つの時代が終わった感じがして残念です」と話していました。

仕事帰りだという神戸市の58歳の男性は「ニュースで見て驚きました。『どやさ』とおなかをたたく姿が印象に残っています。最近は、よく知っている人で亡くなる方が多くて残念です」と話していました。

大阪 淀川区の61歳の女性は「小さい頃に家に帰ってテレビをつけるといつも出演していた姿を覚えていますし、明るくて、元気をくれるイメージがあります。また1人、昭和のすてきな芸人さんが亡くなってしまい残念です。また次の世代の方も頑張ってほしいです」と話していました。

1980年代の漫才ブームをけん引した今くるよ

漫才コンビ「今いくよ・くるよ」で1980年代の漫才ブームをけん引した今くるよ(いま・くるよ、本名酒井スエ子=さかい・すえこ)さんが27日、膵がんのため大阪市の病院で死去した。76歳。京都市出身。通夜は30日午後7時、葬儀・告別式は31日午後1時から公益社天神橋会館(大阪市北区)で営む。お別れ会の予定は現在のところないという。

2009年9月に舞台上で倒れ入院、静養していた今くるよさん(左)が71日ぶりに舞台復帰。“どやさ”を披露した。(右は相方の今いくよさん)=2009年12月撮影

2009年9月に舞台上で倒れ入院、静養していた今くるよさん(左)が71日ぶりに舞台復帰。“どやさ”を披露した。(右は相方の今いくよさん)=2009年12月撮影

1970年に夫婦漫才「島田洋之介・今喜多代」の今喜多代さんに弟子入りし、高校時代の同級生で同じソフトボール部だった今いくよさんと73年に「今いくよ・くるよ」を結成した。ソフトボール部ではいくよさんがキャプテン、くるよさんはマネジャーだった。コンビを組んだ後も常に行動を共にし、10年近く、ほとんど仕事がない状態が続いた若手時代も2人そろって京都から各劇場に通った。

女性同士の漫才コンビの先駆け的存在で、当時、女性同士の珍しいコンビに、オーディションでも罵声が飛んできたという。そんな中で2人で励ましあいながら芸の道を進んだ。

その後、細身で濃いめのメークとつけまつげがトレードマークのいくよさんと、ふくよかな体型に派手な衣装のくるよさんは強いインパクトで笑いを呼び込み、1980年代の漫才ブームを支える人気者に。「仲が悪いコンビほど面白い」とも言われた時代に異色の仲良しコンビで、取材も2人そろってでしか受けないことを公言していた。

女性漫才のレジェンド的存在となったが、いくよさんは2014年に胃がんが見つかった。くるよさんの献身的なサポートを受け、いくよさんは闘病しながらステージに立ち続けた。いくよさんが亡くなった後、くるよさんの憔悴(しょうすい)ぶりを多くの後輩芸人が心配した。

いくよさんが死去したのは2015年5月28日。くるよさんは9年後の5月27日に亡くなった。仲良しコンビは1日違いで他界。発表がいくよさんの命日となった。

ネット上でもくるよさんの訃報発表日が28日だったこともあり「同じ日に…」「来世でもコンビを続けられますように」としのぶ声が相次いだ。

今くるよさんを襲った「膵がん」 がんの死因4位 石原慎太郎さん、星野仙一さんも

2015年に他界した今いくよさんと名コンビで「今いくよ・くるよ」として女流漫才のトップに立った。ふくよかな体型で「どやさ」の言葉で人気となった

くるよさんを襲った膵がんとはどのようなものなのか。医療ジャーナリストの森田豊氏によると、膵がんとはすい臓がんのことで、膵臓に発生するがん全般を指す。膵臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれており、自覚症状が出にくく、症状が出るころには既に病気が進行してしまっているケースも多い。

23年の全国統計では肺がん、大腸がん、胃がん、についで死因の第4位。日本での膵がんは近年増加傾向にあり、毎年3万人以上の方が膵がんで亡くなっているという。70歳以上の罹患が約3分の2を占め、60歳未満が3分の1となっている。家族に病歴があるケースが3~8%。発症リスクは喫煙で1.68倍、大量の飲酒で1.22倍、糖尿病で1.94倍、肥満(BMI30以上)で1.2倍、膵臓がんの前段階といわれる慢性膵炎で13.3倍に高まる。早期の発見には腹部超音波検査が有効で、膵管の拡張などの異常が見つけやすく、本格的な検査につながるという。

著名人では石原慎太郎さん、プロ野球の星野仙一さん、元横綱千代の富士の九重親方、元Apple最高経営責任者のスティーブ・ジョブズさんらが膵臓がんで亡くなっている。また、経済アナリストの森永卓郎氏は昨年ステージ4の膵臓がんであることを公表している。

今くるよさんのエピソード

今くるよさんは、その人間性と漫才師としての才能で多くの人々から愛されていました。以下に彼女のエピソードをいくつかご紹介します:

  1. 「どやさ!」の心:今くるよさんの代名詞とも言える「どやさ!」は、彼女の人生哲学そのものでした。どんな状況でも明るく振る舞い、観客を笑顔にすることを心がけていました。この「どやさ!」の精神は、今くるよさんの生き方そのものであり、多くの人々に勇気と希望を与え続けました。
  2. 後輩芸人への思い:今くるよさんは、後輩芸人たちにも「どやさ!」の心を伝えていました。舞台裏では、若手芸人に優しく接し、アドバイスを送っていたそうです。今くるよさんの「どやさ!」魂は、後輩芸人たちに受け継がれ、今も多くの芸人たちが彼女の教えを胸に活動しています。
  3. いくよさんとの絆:今くるよさんと今いくよさんは、高校時代からの同級生であり、生涯にわたって固い絆で結ばれていました。二人は高校時代、同じソフトボール部に所属していました。くるよさんはキャッチャー、いくよさんはピッチャーを務めていたそうです。
  4. 最後の舞台:今くるよさんは、病魔に侵されながらも、最後まで舞台に立ち続けました。2022年4月に行われた吉本興業の特別公演「伝説の一日」に出演したのが最後の舞台になりました。
  5. 後輩思いの優しい人柄:今くるよさんは、後輩芸人たちの面倒見がよく、よく食事に連れて行ったり、アドバイスをしたりしていたそうです。また、舞台衣装や小道具を譲ることもあったといいます。

これらのエピソードから、今くるよさんの人間性や漫才師としての情熱を感じることができます。彼女の「どやさ!」の精神は、今も多くの人々に勇気と希望を与え続けています。

彼女の代表的なネタ

今くるよさんの代表的なネタは、「どやさ!」というギャグです。このギャグは、彼女が「どやさ」と言いながら両手を顔の前で交互に前後する動きをするもので、彼女の代名詞的なギャグとなりました。

また、彼女の漫才では、相方の今いくよさんとの掛け合いが特徴的でした。

例えば、いくよさんが「私ピッチャーでエース。くるよちゃん、キャッチャーでロース」とボケると、くるよさんが目を丸くして「誰がロースやねん」と突っ込む、というのが鉄板のネタでした。

さらに、彼女の舞台衣装が派手で大きく、漫才途中から必ずズレてくるので、すそを何度も持ち上げての漫才も特徴的でした。

これらのネタは、今くるよさんのユーモラスな人柄と漫才師としての才能を反映しており、多くの人々から愛されました。彼女の「どやさ!」の精神は、今も多くの人々に勇気と希望を与え続けています。後輩たちもこぞって彼女の「どやさ!」をマネし、そのギャグは後世に受け継がれています。彼女の楽しく、そして心に残るネタは、多くの人々に笑いと喜びをもたらしました。

今くるよさんが受賞した賞について

今くるよさんは、その才能と貢献が認められ、以下の賞を受賞しています:

  • 「上方お笑い大賞」金賞:1981年に受賞しました。
  • 「花王名人大賞」最優秀新人賞:1982年に受賞しました。
  • 「上方漫才大賞」大賞:1984年に受賞しました。
  • 「第26回上方漫芸の殿堂入り」:2023年に関西演芸界の発展と振興に貢献したとして受賞しました。

これらの受賞は、今くるよさんが漫才界に与えた影響とその才能を証明しています。

彼女の業績は、今も多くの人々に影響を与え、その功績は後世に受け継がれています。

彼女の「どやさ!」の精神は、今も多くの人々に勇気と希望を与え続けています。後輩たちもこぞって彼女の「どやさ!」をマネし、そのギャグは後世に受け継がれています。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。