2025年8月21日、ニコンは顕微鏡などの開発・製造を担ってきた横浜製作所を、2025年9月30日をもって閉鎖すると発表しました。 このニュースに、多くのユーザーや業界関係者が衝撃を受けるとともに、「なぜ今？」「カメラ事業はどうなるのか？」といった様々な疑問が飛び交っています。
本記事では、単なるニュースの紹介に留まらず、今回の経営判断の背景にある構造的な理由、従業員やユーザーへの影響、そしてニコンが目指す未来の姿について、多角的な視点から深く掘り下げて解説します。
なぜ今？ニコンが横浜製作所の閉鎖を決断した3つの理由
ニコンは閉鎖の理由を「開発・生産機能の集約化が目的」と説明しています。 この言葉の裏には、ニコンが置かれている厳しい事業環境と、未来に向けた強い意志が隠されています。
事業の「選択と集中」の加速 ニコンの事業は、私たちがよく知るカメラなどの「映像事業」だけではありません。 実は、売上・利益の大きな柱となっているのは、半導体製造に不可欠な「精機事業」です。 近年、ニコンは映像事業と精機事業を「主要事業」と位置づけ収益の安定化を図る一方、今後の成長が見込まれる「ヘルスケア事業」「コンポーネント事業」などを「戦略事業」として育成する方針を明確にしています。 横浜製作所が担っていた顕微鏡事業はヘルスケア事業に含まれますが、今回の閉鎖は、経営資源をより成長性の高い分野へ再配分し、事業全体の最適化を図る「選択と集中」の一環と捉えることができます。
カメラ市場の構造変化への対応 スマートフォンの高機能化により、コンパクトデジタルカメラ市場は縮小が続いています。 ニコンも例外ではなく、主戦場をプロ・ハイアマチュア向けのミラーレスカメラへとシフトさせています。 2021年には国内でのカメラ本体の生産を終了し、タイ工場へ集約するなど、生産体制の効率化を進めてきました。 横浜製作所の閉鎖も、こうした市場の構造変化に対応し、より筋肉質な経営体質へと転換していくための必然的な流れと言えるでしょう。
研究開発体制の再編とシナジー創出 ニコンは2024年7月に本社を品川区西大井の「本社/イノベーションセンター」へ移転しました。 この新本社には、コーポレート部門や各事業部の企画・開発部門が集約されており、事業間のシナジー創出を目指しています。 横浜製作所の機能が、この新本社や他の国内拠点（横須賀製作所、相模原製作所）に移転されることで、研究開発の連携を密にし、新たなイノベーションを生み出す狙いがあります。
製作所の閉鎖がもたらす影響は？従業員・地域経済・ユーザーへの視点
一つの製作所の閉鎖は、様々な方面に影響を及ぼします。
- 7月末時点の従業員数は約350人で、敷地面積は約2万平方メートル。機能や人員は東京都品川区の本社や横須賀製作所（神奈川県横須賀市）、相模原製作所（相模原市）にそれぞれ移る。横浜製作所は1967年に操業を開始した。ニコンの事業所では本社に次ぎ2番目に古い。跡地の利用方法は未定だという。
- 従業員への影響: ニコンは、横浜製作所の人員も機能とともに移転する方針を示しています。 新たな拠点での活躍が期待される一方で、研究者と技術者が隣接する環境で培われてきた現場力や文化が、機能分散によってどう変化するかが今後の課題となります。
- 地域経済への影響: 1967年に新設されて以来、長年にわたり地域経済の一翼を担ってきた製作所の閉鎖は、横浜市にとって少なからぬ影響があると考えられます。約2万平方メートルに及ぶ跡地の利用方法が、今後の焦点の一つとなります。
- ニコンユーザーへの影響: ユーザーにとって最も気になるのは、「製品の品質や供給、サポートは大丈夫か？」という点でしょう。ニコンは今回の閉鎖による今期業績への影響は軽微としており、生産体制の再編による品質低下や供給不安が起こらないよう万全を期すものと考えられます。特にカメラ事業については、すでに生産拠点が海外に移管されているため、直接的な影響は限定的と見てよいでしょう。
カメラ事業の縮小か？ニコンが描く未来の成長戦略
「製作所の閉鎖は、カメラ事業縮小の兆候ではないか？」と不安に思う方もいるかもしれません。しかし、ニコンは一眼レフカメラ事業の継続を明言しており、ミラーレスカメラ「Zシリーズ」への注力や、映像制作分野の強化（RED社の買収など） からも、映像文化への貢献意欲は揺らいでいないことが伺えます。
むしろ今回の決定は、ニコンが「カメラの会社」から「光利用技術と精密技術を核としたソリューション企業」へと大きく変貌を遂げるための重要な布石と見るべきです。nikon.com
今後のニコンは、以下の分野での成長が期待されます。
- 精機事業: 5G、AI、IoT社会の進展に不可欠な半導体の製造を支える露光装置で、世界的な需要を取り込みます。nikon.com
- ヘルスケア事業: 顕微鏡技術を応用し、創薬支援や再生医療といったライフサイエンス分野で貢献を目指します。bizreach.jp+1
- コンポーネント事業: EUV（極端紫外線）関連など、最先端技術に用いられる光学部品の供給を拡大します。itmedia.co.jp
横浜製作所の閉鎖は、一つの時代の終わりを象徴する出来事です。しかしそれは同時に、ニコンが次の100年を見据え、新たな成長軌道を描くための力強い一歩でもあるのです。
まとめ：歴史に幕を下ろす横浜製作所。ニコンの次なる一手とは
ニコン横浜製作所の閉鎖は、単なる一工場の閉鎖以上の意味を持ちます。それは、ニコンが長年培ってきた「光利用技術」と「精密技術」を核に、変化する時代の中で新たな価値創造を目指す、強い決意の表れと言えるでしょう。
カメラ事業はニコンのアイデンティティの一部であり続けるでしょうが、半導体露光装置やヘルスケアといった成長分野への「選択と集中」を加速させることで、より強固な事業基盤を築き、持続的な成長を目指すニコンの戦略が見えてきます。
横浜製作所が果たしてきた役割に敬意を表しつつ、ニコンがこれからどのような未来を切り拓いていくのか、その動向に注目していきましょう。
