ある象徴の最後の旅路。2028年1月、日本の鉄道史に深く刻まれた一つの時代が、静かに幕を下ろす。箱根登山鉄道の象徴として、大正、昭和、平成、そして令和と、4つの時代を駆け抜けてきた100形車両(モハ1形・モ2形)の引退が正式に発表されたのだ 。この知らせは、単なる古い車両の置き換えを意味するものではない。それは、箱根の険しい山々を1世紀以上にわたり登り続け、日本の近代化と観光の発展を見つめてきた「生きた化石」との別れを告げるものである。
本稿の目的は、この歴史的な車両に敬意を表し、その最後の勇姿を見届けたいと願うすべての人々へ向けた、究極のガイドを提供することにある。引退の公式発表の詳細から、車両が紡いできた100年の物語、最後の乗車体験を最大限に楽しむための実践的な情報、そしてその姿を永遠に記憶に残すための撮影ガイドまで、あらゆるニーズに応えるべく構成されている。
この記事は、歴史の一片に触れたいと願う旅行者と、その最後の瞬間までを記録しようとする熱心な鉄道愛好家、その両者に向けて書かれている。引退までの限られた時間の中で、この偉大なレトロ車両との出会いが、忘れられない思い出となるための一助となれば幸いである。
一つの時代の終わり:100形引退の公式発表詳細

このニュースに触れた読者が最も直接的に求める情報、すなわち「いつ、なぜ、どの車両が」引退するのかという疑問に、本章では明確に答えていく。
最終停車駅:引退時期の確定
小田急箱根の公式発表によると、箱根登山電車100形(モハ1形・モハ2形)の運行終了は2028年1月に予定されている 。この引退決定の発表は、2025年10月1日に行われた 。これにより、ファンや旅行者には、引退までの約2年半という、最後の乗車や撮影のための準備期間が与えられたことになる。この期間は、単なるカウントダウンではなく、鉄道会社が計画するであろう様々な記念イベントへの期待を高めるものでもある。
1世紀の務め:引退の背景にある理由
引退の主な理由は、車両の老朽化と、それに伴う修繕や部品確保の困難化であると公式に説明されている 。100年以上前の車両を維持し、日々の定期運行に供することの技術的な課題は計り知れない。現代の車両とは異なり、交換部品は既製品では存在せず、一つひとつを特注で製作する必要がある。また、その修繕には、もはや数少なくなったベテラン技術者の熟練の技が不可欠となる。安全性と安定した運行を最優先する公共交通機関として、この歴史的車両を未来永劫にわたって維持し続けることが現実的ではないという経営判断が下されたのである。
最後の仲間たち:引退対象車両のプロフィール
今回引退の対象となるのは、現在3両1編成で定期運行されているモハ1形104号・106号と、モハ2形108号である 。これらの車両は、日本国内で定期運行する普通鉄道の電車としては最古の存在である 。
- モハ1形(104号・106号): 車両製造年は1919年(大正8年)。箱根登山鉄道の開業と同時に「チキ1形」として誕生した、まさに鉄道の歴史そのものと言える車両である 。客室の座席配置はオールロングシートとなっている 。
- モハ2形(108号): 車両製造年は1927年(昭和2年)。モハ1形より少し後に増備された形式で、客室はセミクロスシートとなっており、座席配置に違いが見られる 。
これらの車両が1つの編成を組んで運行されていること自体が、歴史の重なりを象徴している。
「ロング・グッドバイ」という戦略
特筆すべきは、引退発表から実際の運行終了まで2年以上の期間が設けられている点である。単なる業務上の車両引退であれば、これほど長期間の予告は必ずしも必要ではない。この長い告知期間は、鉄道会社による巧みなマーケティング戦略と見ることができる。
発表と同時に記念グッズ(鉄道コレクション模型)の発売が告知され 、今後もイベントや記念商品の展開が示唆されていることからも 、この引退が単なる「終わり」ではなく、一つの大きな「イベント」として位置づけられていることがわかる。この「ロング・グッドバイ(長いお別れ)」キャンペーンは、引退という運用上のマイナス要素を、複数年度にわたる観光誘客とグッズ販売による収益増という商業的なプラス要素へと転換させる狙いがある。読者は、今後数年間にわたり、特別運行、撮影会、限定グッズ販売など、様々な形でこのレトロ車両と触れ合う機会が提供されることを期待できるだろう。
時を超える旅:日本最古の現役電車が紡いだ物語
なぜこの電車の引退がこれほどまでに注目されるのか。その答えは、車両が刻んできた100年以上の歴史の中にある。本章では、その壮大な物語を紐解いていく。
大正モダンから令和の象徴へ:1世紀にわたる進化の軌跡
モハ1形の原型である「チキ1形」が誕生したのは、箱根登山鉄道が開業した1919年(大正8年)のことである 。当初は木造の車体を持ち、当時の最新技術を結集して箱根の急勾配に挑んだ 。当時の写真からは、現代の姿とは異なる、よりクラシカルで温かみのある木造車両の姿をうかがい知ることができる 。
大きな転機が訪れたのは1950年代。小田急電鉄からの乗り入れ開始に伴い、安全基準を満たすために車体を木造から鋼鉄製へと載せ替える大改造(鋼体化)が行われた 。この時に形式も「モハ1形」へと変更され、現在の姿の基礎が築かれた。その後も、2両固定編成化や台車の動力装置の更新、客室インテリアの改装など、時代時代の要請に応じて改造が重ねられてきた 。
機械の魂:受け継がれるレトロな特徴
数々の近代化改装を経ながらも、100形車両はその魂とも言うべき昭和の面影を色濃く残している。車内に足を踏み入れると、ペンキ塗りの木製内装や、昔ながらのデザインが美しい荷棚、そして下から上へと大きく開く独特の客室窓が、乗客を懐かしい時代へと誘う 。
特に鉄道愛好家を魅了するのが、旧式の「吊り掛け駆動方式」が奏でる独特のモーター音である。現代の静かな電車とは全く異なる、重厚でリズミカルな「ヴヴヴン」という唸り音は、力強く山を登る電車の鼓動そのものだ。過去の引退記念ツアーでは、この「ツリカケサウンド」を楽しむためのサイレント区間が設けられたほど、この車両の大きな魅力となっている 。これらの特徴は、単なる古い設備ではなく、この車両が歩んできた長い歴史を物語る「生きた証」なのである。
静的な保存ではなく、継続的な適応の歴史
この車両が100年以上にわたり現役を続けられた理由は、博物館のように静的に保存されてきたからではない。むしろ、その逆である。この電車の歴史は、ギリシャ哲学の「テセウスの船」のパラドックスを彷彿とさせる。つまり、構成する部品が次々と新しいものに置き換えられても、その個体は同じものと言えるのか、という問いだ。
1919年当時の部品はほとんど残っておらず、車体は1950年代に、動力装置や内装も時代に合わせて更新されてきた 。しかし、その本質的なアイデンティティは失われていない。この車両の真の価値は、一つの時代の姿を完璧に留めていることではなく、むしろ時代の変化に柔軟に対応し、生き抜いてきた「継続的な適応の歴史」そのものにある。木造から鋼鉄へ、単独車両から固定編成へ。その変遷は、20世紀の日本の鉄道技術の進化を体現するダイナミックなタイムラインなのである。
最後の乗車機会:100形を体験するための実践ガイド
引退のニュースに触れ、「最後に一度乗ってみたい」と感じた読者のために、本章ではその願いを叶えるための具体的な方法を解説する。
クラシックを追いかけて:100形の探し方と乗り方
まず理解しておくべき重要な点は、引退対象の100形(104-106-108号編成)は特定のダイヤで運行されているわけではないということだ。他の車両と共通の運用に組み込まれており、日によって走行時間や区間が異なる 。そのため、「この時間に行けば必ず乗れる」という保証はない。
最も確実な方法は、旅行当日に箱根登山鉄道の公式サイト「箱根ナビ」や公式SNSアカウントで運行情報を確認することである 。運が良ければ、自分が乗車する予定の電車が、目的の100形であるかもしれない。運行区間は主に箱根湯本駅と強羅駅の間であり、この区間を移動する際に、ぜひその姿を探してみてほしい。乗車できれば、日本でも珍しいスイッチバック運転や、急カーブ、急勾配を、歴史的な車両で体験するという貴重な思い出が手に入るだろう。
さよならの祝祭:記念イベントと限定グッズ
小田急箱根は、今後引退に向けたイベントや記念商品の展開を計画していると発表している 。過去に他の車両が引退した際の事例を見ると、様々な企画が期待できる。
例えば、2019年の103-107編成引退時には、記念乗車証明書や限定グッズ付きの貸切ツアー、スタンプラリー、記念弁当、記念切手の販売など、多岐にわたるイベントが開催された 。また、2021年のモハ2形109号引退時にも、Nゲージ模型やクリアファイル、エコバッグなどのオリジナルグッズが多数発売されている 。
これらの前例から、今後数年間にわたり、以下のような企画が展開される可能性が高い。
- ラストラン記念ツアー: 通常は入れない場所での撮影会や、特別な行路での運行を含む高付加価値ツアー。
- 記念ヘッドマークの掲出: 引退までの一定期間、特別なデザインのヘッドマークを付けて運行。
- 記念グッズの販売: 模型、キーホルダー、文房具、アパレルなど、多種多様な商品展開。
- 写真展や歴史展示: 駅構内などで、100形の歴史を振り返る展示。
これらの情報は公式サイト「箱根ナビ」のニュースリリースページで随時発表されるため、定期的なチェックが不可欠である 。
究極の箱根鉄道旅プラン
100形を探しながら箱根観光も満喫したい、という方には「箱根フリーパス」の利用を強く推奨する。このパスは、箱根登山電車はもちろん、ケーブルカー、ロープウェイ、海賊船、指定区間のバスが乗り放題となるため、柔軟な旅程を組むのに最適である 。
モデルプラン:100形を探す日帰り満喫コース
- 午前:箱根湯本からスタート
- 箱根湯本駅で「箱根フリーパス」を購入。駅で100形の運行情報を確認。
- 登山電車に乗車。もし100形が来たら、終点の強羅までその乗り心地を堪能する。
- 昼:強羅・早雲山エリア
- 強羅からはケーブルカーで早雲山へ。2020年にオープンした新名所「cu-mo箱根」で、絶景を眺めながら足湯に浸かり一休み 。
- 午後:空中散歩と芦ノ湖へ
- 早雲山からロープウェイで大涌谷を経由し、桃源台へ。
- 桃源台からは箱根海賊船に乗って元箱根港へ。芦ノ湖の雄大な景色を楽しむ。
- 夕方:バスで箱根湯本へ戻る
- 元箱根港からバスで箱根湯本へ。この間も、登山電車の線路と交差する地点で100形の姿を探すチャンスがある。
- 箱根湯本駅に戻り、駅周辺のレトロなカフェで旅の余韻に浸る。
このプランであれば、100形に乗れなくても箱根の主要な乗り物と観光地を効率よく巡ることができ、旅の満足度を高く保つことができる。
歴史の一片を捉える:決定版・撮影ガイド
引退の報に接し、その雄姿を写真に収めたいという思いは、多くの人が共有するだろう。本章では、初心者から上級者まで、すべての撮影者のための決定版ガイドを提供する。
珠玉の撮影スポット:場所別徹底ガイド
箱根登山鉄道沿線には、この歴史的車両を美しく撮影できるポイントが数多く点在する。ここでは、特に評価の高いスポットを厳選して紹介する。
- 箱根湯本駅付近・開沢(ひらさわ)踏切: 箱根湯本駅から徒歩5分。背景に箱根の山並みを入れ、編成全体を美しく収めることができる王道の撮影地。特に午前中が順光となり、車体の赤色が鮮やかに映える 。
- 大平台(おおひらだい)駅: 日本でも有数のスイッチバックが見られる駅。列車が進行方向を変えるために停車し、ポイントを切り替える様子は迫力満点。ホーム上から様々なアングルで狙える 。
- 出山(でやま)の鉄橋: 宮ノ下駅と大平台駅の間にある、通称「早川橋梁」。谷底からの高さが43mあり、深い緑の渓谷を渡る赤い電車のコントラストは、まさに絶景である 。
- 小涌谷(こわきだに)駅付近・小涌谷踏切: 温泉街の入口に位置し、線路と山の稜線が織りなす構図が美しい。春の新緑や秋の紅葉との組み合わせが特に素晴らしい 。
- 彫刻の森駅周辺: 駅名の通り、近くには「彫刻の森美術館」があり、アートと鉄道を絡めたユニークな写真を撮ることができる 。
これらのスポットに加え、沿線には無数の踏切やカーブがあり、自分だけのオリジナルな構図を探すのもまた一興である 。
完璧な一枚のために:季節と技術のヒント
箱根登山鉄道の魅力は、四季折々の自然との調和にある。最高の写真を撮るためには、季節ごとの特徴を理解することが重要だ。
- 春(3月下旬~4月): 沿線の桜と列車を組み合わせることができる。特に箱根湯本駅付近の開沢踏切周辺は桜の名所でもある 。
- 初夏(6月中旬~7月): 「あじさい電車」の愛称で親しまれる季節。線路の両脇に咲き誇るアジサイと列車の共演は、この路線を象徴する風景である。夜間にはライトアップも行われ、幻想的な光景が広がる 。
- 秋(10月下旬~11月): 沿線の山々が紅葉に染まり、車窓からも線路脇からも息をのむような美しさを楽しめる。特に鉄橋付近や小涌谷周辺がおすすめ 。
- 冬(12月~2月): 空気が澄み、時には雪景色の中を走る姿を捉えることができる。
撮影技術としては、スマートフォンでも工夫次第で印象的な写真が撮れる。例えば、手前の木々や花を「額縁」のように使って構図を決めたり 、スマートフォンのポートレートモードや専用アプリ(例:FOCOS)を使って背景をぼかし、主役である列車を際立たせるテクニックが有効である 。
「撮り鉄」の心得:守るべき必須のエチケット
引退が近づくにつれ、撮影地は多くのファンで混雑することが予想される。素晴らしい思い出を安全に作るために、すべての撮影者は鉄道撮影のルールとマナーを厳守する必要がある。これは、自身の安全、鉄道の安全運行、そして沿線住民との良好な関係を保つために不可欠である。
- 安全第一の徹底:
- フラッシュ撮影の厳禁: 走行中の列車、特に運転士に向けてフラッシュを発光させる行為は、運転士の視界を眩惑させ、重大な事故につながる可能性があるため絶対に禁止 。
- 立入禁止区域への侵入厳禁: 線路内や鉄道敷地内、私有地への無断立ち入りは極めて危険であり、鉄道営業法違反などの犯罪行為に問われる可能性もある 。ホームでは必ず黄色い線の内側で撮影すること。
- 周囲への配慮:
- 三脚・脚立の使用: 混雑する駅のホームでの三脚や脚立の使用は、他の乗客の通行を妨げ、転倒事故の原因となるため原則として避けるべきである 。
- 一般利用客への配慮: 他の乗客の顔がはっきりと写り込まないように構図を工夫する。駅は撮影スタジオではなく、多くの人が利用する公共の場であることを忘れてはならない 。
- 地域住民への配慮: 撮影地周辺での路上駐車や騒音、ゴミのポイ捨ては絶対にしない。ゴミは必ず持ち帰ること 。
- 撮影者同士の尊重:
- 譲り合いの精神: 撮影場所は譲り合い、後から来た人は先にいる人の邪魔にならないように配慮する。荷物による過度な場所取りはトラブルの原因となる 。
- 係員の指示に従う: 駅係員や警備員の指示には必ず従うこと 。
これらのマナーを守ることが、鉄道ファン全体の評価を守り、今後も楽しく撮影を続けられる環境を維持することにつながる。
撮影スポット | 最寄り駅 | アクセス | ベストシーズン/時間帯 | 主な特徴 | エチケット注意点 |
開沢踏切 | 箱根湯本 | 駅から徒歩約5分 | 春(桜)、秋(紅葉)/午前(順光) | 背景に山並みが入る王道の構図 | 住宅街のため静粛に。道路横断に注意。 |
大平台駅 | 大平台 | 駅構内 | 通年/午後遅め | 迫力あるスイッチバックの様子 | ホームは狭い。他の乗客の通行を妨げない。 |
出山の鉄橋 | 大平台~宮ノ下 | 駅から徒歩 | 新緑、紅葉/日中 | 深い渓谷を渡る絶景ポイント | 周辺に駐車スペースは無い。徒歩でのアクセス推奨。 |
小涌谷踏切 | 小涌谷 | 駅から徒歩すぐ | 新緑、紅葉/夕方 | 温泉街と山の稜線が美しい構図 | 観光客の往来が多い場所。周囲に注意。 |
上大平台信号所付近 | 大平台 | 駅から徒歩 | 通年/午後 | 緩やかなカーブを走る躍動感ある写真 | 沿道は車通りがあるため安全確保を最優先。 |
塔ノ沢駅 | 塔ノ沢 | 駅構内 | 初夏(アジサイ) | トンネルとホーム、アジサイの組み合わせが美しい | ホームが非常に狭いため三脚使用は不可。譲り合いが必須。 |
線路の先へ:箱根ノスタルジック紀行
100形電車が持つレトロな魅力は、箱根という土地が持つ歴史的な雰囲気と深く結びついている。この電車に乗る旅は、沿線のノスタルジックなスポットを巡ることで、より一層深みを増す。
宮ノ下で記憶の散歩道へ
箱根登山鉄道の中腹に位置する宮ノ下は、明治時代から外国人避暑地として栄えた、歴史と異国情緒が薫る町である。中心を通る国道1号線は「セピア通り」と呼ばれ、その名の通り、色褪せた写真のようなレトロな建物が軒を連ねる 。
この町の象徴は、1878年創業のクラシックホテル「富士屋ホテル」だ 。その壮麗な建築は、一見の価値がある。また、ジョン・レノン一家も訪れたという老舗「嶋写真店」 や、レトロな缶が人気の「川邊光榮堂」の鉱泉煎餅 、西洋アンティークの店など、散策するだけでタイムスリップしたかのような気分を味わえる店が点在している 。100形電車の旅の途中で下車し、この歴史的な町並みを歩くことは、まさに完璧な組み合わせと言えるだろう。
個性が光るカフェたち:懐かしさに浸る休息
散策に疲れたら、個性豊かなカフェで一休みするのも良い。箱根には、100形が持つ空気感と共鳴するような、魅力的なカフェが数多く存在する。
- 箱根湯本駅エリア:
- ティムニー (Timuny): 早川沿いに佇む隠れ家的な古民家カフェ。落ち着いた雰囲気の中で静かな時間を過ごせる 。
- 画廊喫茶ユトリロ: 1975年創業の老舗。店内に飾られた絵画を鑑賞しながら、箱根の名水で淹れたこだわりの水出しコーヒーを味わえる 。
- 宮ノ下エリア:
- NARAYA CAFE: 築50年以上の建物を改装した人気のカフェ。最大の魅力は、敷地内にある源泉かけ流しの足湯。足湯に浸かりながらスイーツを楽しむという、箱根ならではの贅沢な体験ができる 。
- カフェ・ド・モトナミ: 昭和初期にバスの待合所だったという歴史を持つ洋館風の建物。アンティーク調の落ち着いた店内で、手作りの甘味をいただける 。
これらのカフェは単なる休憩場所ではなく、それぞれが箱根の歴史や文化の一部を担っている。100形電車の旅の記憶を反芻しながら、ゆったりとした時間を過ごすのに最適な場所だ。
次世代へ:箱根登山鉄道の未来
一つの時代が終わりを告げる一方で、鉄道の歴史は続いていく。100形の引退後、箱根登山鉄道はどのような未来を描いているのだろうか。
地平線の向こうの後継者
小田急箱根は、100形の代替となる新型車両を2028年度に導入予定であると発表しているが、その具体的なデザインや仕様についてはまだ明らかにされていない 。鉄道ファンの間では、その姿について様々な憶測が飛び交っている。一つの可能性として、100形が担ってきた「レトロな象徴」という役割を引き継ぐため、敢えて
レトロ風のデザインを採用した新型車両が製造されるのではないか、という期待がある 。現代の技術で安全性と快適性を確保しつつ、外観や内装で懐かしさを演出する車両は、全国の観光鉄道で成功例が見られる。
未来の片鱗、今日の「アレグラ」
100形の後継車を占う上で重要なヒントとなるのが、2014年にデビューした最新型車両3000形「アレグラ号」である 。この車両は、100形とは対照的に、極めて現代的なデザイン思想に基づいて設計されている。最大の特徴は、車両の四方から箱根の雄大な自然を体感できるよう、側面に上下いっぱいに広がる大きな展望窓を採用している点だ 。全ての座席が窓を向いたクロスシートになっており、観光客が車窓風景を最大限に楽しめるよう配慮されている 。この「アレグラ号」の存在は、鉄道会社が現代の観光ニーズとして「快適性」と「眺望」を重視していることを示している。
近代化と伝統継承の狭間で
箱根登山鉄道が直面しているのは、単なる車両の更新問題ではない。それは、「実用的な公共交通」と「歴史を売りにする観光資源」という二つの顔を持つ鉄道が、いかにしてそのブランド価値を未来へ繋いでいくかという、より根源的な経営戦略上の課題である。
最新型「アレグラ号」は、現代の観光客が求める快適性と絶景体験というニーズに応える「近代化」の象徴だ。一方で、今回引退する100形は、その不便さや古さも含めて愛されてきた「伝統」の象徴である。100形の引退によって生じるこの「伝統の空白」を、会社がどのように埋めるのか。効率性と快適性を追求した近代的な車両を増備するのか、それともコストをかけてでも新たな「レトロ風車両」を製造し、失われるブランドイメージを補うのか。次に導入される車両のデザインは、箱根登山鉄道が自らのアイデンティティをどう定義し、未来の箱根観光をどう描いているのかを示す、重要な試金石となるだろう。
日本の鉄道遺産巡礼:他の「生ける伝説」たちに会う
箱根登山鉄道100形の引退に心を動かされたなら、その興味を日本全国に広げてみるのも一興だ。日本には、今なお現役で走り続ける魅力的な歴史的鉄道が数多く存在する。ここでは、箱根とは異なる魅力を持つ代表的なヘリテージ鉄道を紹介する。
静岡の蒸気巨人:大井川鐵道
昭和時代の鉄道旅を最も色濃く体験できる場所を挙げるなら、静岡県の大井川鐵道だろう。1976年に全国に先駆けて蒸気機関車(SL)の動態保存(走行可能な状態での保存)を開始したパイオニアであり、現在も複数のSLをほぼ毎日運行している 。客車も昭和10年代から30年代に製造された旧型客車が使われており、木の座席や白熱灯が醸し出す雰囲気は、まさにタイムスリップそのものだ 。力強い蒸気と煙、汽笛の音、石炭の匂い。五感で本物のSLを体験したいなら、最高の目的地である。
明治の風を運ぶ:伊予鉄道「坊っちゃん列車」
愛媛県松山市を走る伊予鉄道の「坊っちゃん列車」は、歴史の「再現」というアプローチが特徴的だ。夏目漱石の小説『坊っちゃん』に登場する明治時代の蒸気機関車をモデルに、2001年から運行されているディーゼルエンジン駆動のレプリカ車両である 。外観は忠実に再現され、煙突からは水蒸気による煙も出る。車掌も当時の制服を着用するなど、徹底した演出で明治の雰囲気を醸し出している。これは、実際の歴史的車両ではなく、物語の世界を体験させることに主眼を置いたユニークな観光列車だ。
京都の渓谷美を駆ける:嵯峨野観光鉄道
京都・嵐山エリアを走る嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車は、「絶景」を最大限に楽しむことに特化した鉄道である。JR山陰本線の旧線を利用し、保津川の美しい渓谷沿いをゆっくりと走る 。車両はディーゼル機関車が、窓ガラスのないオープン車両(元は貨車)を牽引するスタイルで、風や音、光を肌で感じながら、四季折々の渓谷美を堪能できる 。ここでは、車両そのものの歴史性よりも、その車両だからこそ味わえる特別な乗車体験と車窓風景が主役となっている。
鉄道名 | 車両タイプ | 体験の核 | ベストシーズン | 主な魅力 |
箱根登山鉄道100形 | 歴史的電車 | 山岳鉄道の急勾配・スイッチバック | 6-7月 (アジサイ), 11月 (紅葉) | 100年以上にわたる運行の歴史そのもの |
大井川鐵道 | 本物の蒸気機関車 | 昭和のSL列車旅の完全再現 | 3-4月 (桜), 10-11月 (紅葉) | 機関車の迫力と機械としての魅力 |
伊予鉄道「坊っちゃん列車」 | ディーゼル駆動のレプリカ | 明治時代の文学作品の世界観 | 通年 | 物語性・エンターテインメント性 |
嵯峨野観光鉄道 | 景観用トロッコ列車 | 保津川渓谷の絶景 | 4月 (桜), 11月 (紅葉) | 車窓から広がる圧倒的な自然美 |
箱根登山鉄道 時刻表・路線図調査
登坂区間:箱根湯本駅 (OH51) から強羅駅 (OH57)
箱根湯本駅を出発すると、いよいよ箱根登山鉄道の真骨頂である山岳区間が始まります。強羅駅までのわずか8.9kmの道のりを、約40分かけてゆっくりと登っていきます 。この「遅さ」こそが、車窓の風景をじっくりと味わうための演出となります。運行情報|箱根ナビ
この区間の駅は以下の通りです 。 運行情報|箱根ナビ
- 箱根湯本 (OH51)
- 塔ノ沢 (OH52)
- 大平台 (OH53)
- 宮ノ下 (OH54)
- 小涌谷 (OH55)
- 彫刻の森 (OH56)
- 強羅 (OH57)
特筆すべきは塔ノ沢駅で、ホームから直接「銭洗弁天」に参拝できるユニークな構造になっています 。また、この区間には「出山信号場」「大平台駅」「上大平台信号場」という3ヶ所のスイッチバック地点が存在し、列車の進行方向が変わる様子を間近で見ることができます 。 運行情報|箱根ナビ
結論:旅は続く
箱根登山鉄道100形車両の引退は、単に一つの形式が姿を消す以上の意味を持つ。それは、日本の鉄道がまだ黎明期にあった大正時代から、絶え間ない改良を重ねながら、箱根の風景の一部として存在し続けた機械の、1世紀以上にわたる務めの終わりを意味する。それは、もはや単なる乗り物ではなく、箱根の歴史と文化をその身に刻んだ、かけがえのない遺産であった。
引退まで残された時間は限られている。本稿で紹介した情報を手に、ぜひ一度、箱根を訪れてほしい。その重厚なモーター音を聞き、木の温もりが残る車内で揺られ、窓から箱根の四季を眺める体験は、きっと忘れられない記憶となるだろう。
そして、一つの伝説が去った後も、箱根登山鉄道の旅は続いていく。その歴史を尊重しつつ、常に未来を見据えて進化を続けてきたこの鉄道が、次にどのような物語を見せてくれるのか。我々は、その新たな一章の始まりを、静かな期待とともに見守りたい。
【参考文献】
- 「1919年開業から走り続ける箱根登山電車を象徴するレトロ車両 箱根登山電車100形車両(モハ1形・モハ2形)の引退を決定」. 株式会社小田急箱根.
- 「箱根登山電車100形、2028年1月に引退 国内で定期運行する電車として最古」. TRAICY.
- 「【箱根登山電車】箱根登山電車100形車両(モハ1形・モハ2形)の引退を決定」. 箱根ナビ.
- 「モハ1形」. 箱根ナビ.
- 「地元民が選ぶ「箱根登山鉄道 撮影スポット」ベスト5」. せいぶしょくどう.
- 「鉄道撮影 箱根登山鉄道 大平台-宮ノ下」. muntapomのブログ.
- 「箱根登山鉄道線 大平台駅 (OH53)」. 構図勝負の撮影地ガイド@うぇぶろぐ.
- 「鉄道写真のマナー」. Nikon.
- 「鉄道撮影をされる皆さまへのお願い」. JR東日本.
- 「セピア通り(宮ノ下)」. 箱根ナビ.
- 「レトロな箱根と渓谷さんぽ」. 箱根宮ノ下温泉 旅館組合.
- 「箱根・宮ノ下さんぽ。レトロな街並みと自然を満喫する観光モデルコース」. NAVITIME Travel.
- 「箱根のカフェ32選!おしゃれでレトロな人気店をエリア別に紹介」. 食べログまとめ.
- 「【速報】箱根登山鉄道が100形(モハ1形・モハ2形)の引退を発表」. odapedia.
- 「大井川鐵道【公式】」. 大井川鐵道株式会社.
- 「大鉄の歴史」. 大井川鐵道株式会社.
- 「坊っちゃん列車」. いよ観ネット.
- 「坊っちゃん列車に乗ろう!」. 伊予鉄道.
- 「嵯峨野トロッコ列車」. 嵯峨野観光鉄道.
- 「嵯峨野トロッコ列車」. 亀岡市公式ホームページ.